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〜エロトリビア2〜 『人物』 マホメットは生まれつき包皮がないと噂されていた マホメットはカディジャが死亡した後6歳のアイシャをめとった マホメットは18歳の時40歳の裕福な未亡人カディジャと結婚し6人の子供をもうけた マホメットは小さな軍隊の長となり、勝利のたびに新しい結婚で祝っていたため14人の妻を持っていた マルピーギ、スワンメルダム、ハラー、ボネなどは卵の中に親のひな形が入っているとする卵子派だった レーウェンフック、ライプニッツ、チャールズ・ダーウィンの祖父エラスマス・ダーウィンなどは精子の中に親のひな形が入っているとする精子派だった 坂本竜馬は梅毒だった ヘンリー8世は梅毒だった アンデルセンはゲイだった ルイ16世はインポテンツだった フランス王アンリ3世は男色家だった ルイ14世の弟は同性愛的傾向だった クレタ王はゲイの元祖といわれている カテリーナ2世は加虐性色情狂だった ブッダは6親等までの近親結婚を禁じた カリギュラは妹アグリピーヌを情婦とした シーザーはてんかん持ちで男色家だった ゲゲゲの鬼太郎にはメリーという妻がいる ヴィテリウスは女装と男色にふけっていた サドはカンタリス剤の催淫効果に詳しかった フランスの皇帝ピョートル1世は性病で死んだ 平賀源内は『放屁論』という文章を残している パブロ・ピカソは90歳近くになって子供を作った 梅毒はコロンブスの水夫達によってもたらされた 阿部定は石田吉蔵のペニスを牛刀で切り取った カテリーナ女帝には少なくとも82人の情夫がいた 最初の体外受精児の名前は『ルイーズ・ブラウン』 英国王エドワード2世とジャック1世は男色家だった 鳥類(ニワトリ)最初の精子発見者はハルトソーケル 旧約聖書の中ではアブラハムが割礼を要求している 宮本武蔵のペニスは小指程度だったといわれている 宮藤官久郎は井口昇監督のAVに出演したことがある 「芸術活動は性的衝動の昇華」とフロイトは言っている 『エッチする』という言葉を流行らせたのは明石家さんま フォン・ベアにより『精子(spermatozoa)』と名付けられた パイズリを発明したのはルイ15世の愛人のポンパドゥール プラトンは「天上的な愛は男同士にしか存在しない」といった アンリ3世の宴会は男装した半裸の女性によって給仕された カルーセル麻紀は1982年、4月4日を『オカマの日』と提唱した 浮世絵(春画)はドイツ人浮世絵研究家クラウスが世界に紹介した 英国では1854年にジョージ・ドリスデイルの本が避妊学説を広めた カルーセル麻紀は1973年にモロッコで性転換(造膣)手術を受けた 戦国時代に男色を持って魏王の寵愛を得た龍陽君という人物がいた ヘンリー8世の夫人、アン・ブーリンには乳房が3つあったと言われている ドイツの哲学者フリードリッヒ・ニーチェは44歳の時梅毒が原因で発狂した ローマ最後の男色家の皇帝はアンチノウスを情夫としたハドリアンが最後 ヒトの最初の人工授精は18世紀末、イギリスのハンターによって行われた 初めて精子を観察したのは1677年8月、ライデン大学の医学生ヨハン・ハム アウグストゥスは姦通に刑事訴追、不貞節に罰金、解放奴隷の離婚を禁じた レオン9世は1049年と1055年にキリスト教聖職者は貞潔が義務だと布告した マリリン・モンローは「巨乳女は頭が悪い」という説に振り回されて悩んでいた 手塚治虫はタニシの異型精子の精子形成を電子顕微鏡で観察して学位を得た サドの本名はドナチアン・アルフォンス・フランソワ・ド・サド、通称マルキ・ド・サド 最初に淋病菌を染色したのは1879年ブレスラオ(ドイツ)のアルバート・ナイセル 16世紀のイタリアの医師プリエーレ・プロッピオなどがコンドームの使用を広めた カサノヴァはもし相手の娘が処女だったなら家族の合意を買い求めてから交わった 田中小実昌は『香具師の旅』で少女の陰毛を『恥ずかしいおヘアー』と描写している 石川啄木は自分の性的経験をローマ字で日記に書き残していた(『ローマ字日記』) ヒポクラテスは女性の神経症(ヒステリー)は結婚と性交渉によって直ると言っていた クレオパトラがアントニウスと夜を過ごす部屋にはバラの花びらが敷き詰められていた アリストテレスは母親の月経血が父親の精液によって凝固し子供が形を得ると考えた 種子植物のイチョウとソテツの精子は小石川植物園で平瀬五郎と池野成一郎が発見した 卵は1827年にフォン・ベアがイヌの輸卵管や卵巣中の濾胞(卵胞)中に見つけたのが最初 精子が精巣内で細胞から作られてくることを発見したのはドイツのケリカーやライヘルトたち 1870年末ウィーン人のレオポルト・フォン・ザッヒェル・マゾッホ騎士によってマゾが描かれた 『プラトニック・ラブ』は本来『同性愛』の意味で、恐妻家で同性愛に走ったプラトンに由来する フロイトは学説で「大人の口唇愛は幼児期に口唇愛を剥奪されたことの反映」と説明している 手塚治虫の恩師、安澄権八郎は電子顕微鏡を用いて様々な動物の精子形成を観察していた フランシス・F・コッポラはUCLA在学中『グラマー西部を荒らす』というソフト・ポルノを撮っていた 12世紀、アキテーヌ公ギヨーム7世は情婦のための建物を建築し、娼婦の十階級制度を作った 19世紀ドイツの有名動物学者ロイカルトは精子の発見を「生物学における世紀の大発見」とした 『人間とモグラにしか処女膜はない』という嘘は三島由紀夫の『不道徳教育講座』によって広まった 女性用経口避妊薬(ピル)を開発したのはアメリカウースター実験生物学研究所のピニカスとチャン スウェーデンのレツィウスは20世紀初頭に数百種の動物の精子を光学顕微鏡で観察、スケッチした 梅毒の媒体であるトレポネマ・パリダムを発見したのは1905年フリッツ・シャウディンとエリック・ホフマン マゾッホは30歳で著しい性的発展を見せ、自分より年上で手荒く扱ってくれる女性を求めるようになった レーウェンフックは1678年3月にウサギとイヌの精子をスケッチしたものをロンドン王立協会に書き送った 江戸時代、屁を芸の域に高めて大いに人気を集めた曲屁福平(またの名を霜降花咲男)という芸人がいた 精神科医のベラックは『愛情指数=(前戯時間(分)+後戯時間(分))/性交時間(分)』という式を考案した マルティン・ルターは夜な夜な悪魔の幻想に悩まされた時、悪魔退散のために丸い尻を表した彫像を陳列した フランスのキュヴィエは精子を寄生性の扁形動物の生活史の一段階で生じるツェルカリアという幼生だと分類した ユルステールの妃は戦士の帰還に際して、上半身裸ですそをかかげた610人の貴婦人とともに英雄を迎えていた ローマ皇帝アレクサアンダー・セヴェルスの母ユリアは数多くの乳房を持ち、『乳房のユリア』という名を受けていた ハルトソーケル、ダレンパティウスなどは人の精子中にホムンクルス(小人間)を見たとしてそのスケッチを発表した 絵画に恥毛が描かれるようになったのは、モジリアーニやピカソといった現代美術家が絵の中に恥毛を描き入れてから ギリシャのヒポクラテスは月経が終わってすぐに妊娠すると男児、月経のやや前に妊娠すると女児ができると述べていた 日本で始めてパンティをはいたのはポルトガル人からの献上品として初めてパンティを手にした豊臣秀吉だと言われている ローマ皇帝ディオクレティアヌスは元老院議員や他の高官たちに謁見の時、退出の時に皇帝の足に接吻すべしと命じていた 家畜の人工授精はイタリアの神父スパランツァニが1780年にカエルやイヌ(プードル)の精液や精巣の絞り汁を使って初めて成功した ヒポクラテスは女性の神経症(ヒステリー)は子宮が精液によって浸されていないと体の他の部分へ血液の逆流を起こすためだと考えた 『ニューハーフ』という言葉は1981年4月、大阪のゲイボーイ、ベティ春山が歌手デビューする際、作詞・作曲の桑田佳祐との会話から生まれた 「女性の性欲は何歳まであるのか」と聞かれた大岡越前の母親は黙って火鉢の灰を火箸でかき回した(灰になるまで性欲は衰えないという意) 美術評論家ジョン・ラスキンは結婚初夜に若くて美しい花嫁の股間に毛が生えていることを知って仰天し花嫁とセックスできなかった。その後1年ほど延ばし延ばしたので彼女は医者に自分が処女だと証明してもらったあと画家ミレーの妻となった 16世紀の錬金術師パラケルススは『精液を蒸留器の中に40日間密封すると精液はやがて腐敗し、生物活動が宿り始める。透明で実体はないが人間の形に似たものが現れるので、これを人間の血によって注意深く養い、40週間ウマの体内と同じ温度に保てばホムンクルスを作り出せる』という記述を残した エロトリビア2に戻る |
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